このページでは、直感的に条件反射で生きてきて(それを世の人は、行き当たりばったりという)、とことんダメ主婦だった私が、
ハンドメイドとの出会いによって、人生が驚くほどに激変していった話をまとめています。

5分ほどで読めますので、ちょっとした息抜きにご覧くださいね。
自己紹介
好きな言葉は『Time is Money』
趣味は『心とからだの健康管理』
はじめまして。
Susieです。
25歳のときに結婚と同時に寿退社して
(…って、今や死語)
わりとすぐ2人の子宝に恵まれたものの、戸建て注文住宅建築中に発覚した元夫の精神疾患〜休職により、突然訪れた生活の危機。
30代はワンオペ育児のかたわら
在宅でハンドメイド作家活動〜個人事業経営などで
家計を支えていました。
その後、副業として個人事業を続けながら、
フルタイムパート〜正社員へと社会復帰を果たし、現在は上場会社のBEAUTYブランドで、
戦略PRという想像もしていなかった役割を任せてもらっています。
40代では元夫との別居〜調停離婚も経験しました。
振り返ってみると、なかなかハードな半生でした。そして、今も。
大前提、今の仕事は面白いし、毎日が刺激的。
しかし、このまま走り続けたら身体がもたない…
ここから先は、稼ぐ力を鍛えつつ、資産運用も強化して
5年以内に悠々自適なサイドFIRE生活へ移行していきたい!
その先は、大好きなことだけにエネルギーと情熱を注ぎ込み
ワクワクが止まらない毎日を過ごしていきたい!
そんなことを考えながら、
今まさに、準備を始めたところです。
年表
1970年代 静岡県の田舎町で誕生
のどかな環境で伸び伸び、とは到底言い難く。
村社会特有の同調圧力で出る杭は打たれ、とてもとても生きづらかった記憶。
今思えば、不用意に目立つ子供でした。田舎町に馴染まない白すぎる肌色。鋭すぎる発言。物怖じしない性格。
いつしか目立たないように、はみ出さないように、大人しく。本音を隠して建前の鎧を身にまとい、性格は屈折を極めていった子供時代。
でも、どんな時も思考だけはいつも自由だった。
愛犬と田んぼ道を散歩するときは、どこまでも広い空を眺めては空想に耽っていたなぁ。
1990年代 都内の大学へ進学
地元から脱出するために、受験勉強がんばりました!
専攻を心理学に決めたのは、自宅から通える距離の大学には心理学部がなかったから。
最初は叔母の家に下宿するという条件で上京を認めてもらい、翌年からは大学の近くでひとり暮らしを開始。
自由で、快適で。友人にも恵まれて、学生生活はただただ楽しかった。
在学中は、飲食店やケーキ店、スポーツショップ、アパレルショップ、バイク便オペレーターなどのアルバイトを経験。
1990年代 アパレルショップに就職
時は就職氷河期。
心理職の求人など皆無に等しく、遊び呆けていたツケか、時代のせいか、就職活動は見事に惨敗。
すっかり諦めかけていた卒業間近、ファッション誌を眺めていてヒトメボレした
ワンピースきっかけで応募した、アパレルブランドの正社員として採用される。
配属は、渋谷の某ファッションビル内アパレルショップ。
不思議とファンがつき(同僚からは天職だねとも言われ)トータルコーディネート販売が好評だった記憶。
似合わないものを無理には勧めないことを固く心に決めていた。
お客様一人ひとりにちゃんと向き合い、今だけでなく少し先の未来にまでイメージを膨らませながら提案していたな。
その日の売り上げは逃しても、再来店のたびに購入点数が増え、購入金額も雪だるま式に増えていったのが印象的で。
振り返ると、当時ほとんど無意識にやっていたことが今に繋がってる気がしています。
2000年 結婚を機に地方都市へ
寿退社をしたけれど、
専業主婦生活は2週間で飽きた。
2人暮らしでそんなにやることないし、
朝、夫を送り出したらワイドショー見ながら寝落ち、夕方までゴロ寝するだけの日々。
なんと、もったいない!
その後、システム会社で若干のITスキルを習得。
長男出産を機に退職し、再び、専業主婦生活へ。
2005年 持ち家完成と夫の休職
長男の育児中は、たまに嫁ぎ先の家業を手伝ったり、妊娠中に始めたエアロビクスやヨガで気分転換したり。
そこそこ満喫してるうちに、次男を妊娠。ちょうどその頃、探してた条件にピッタリの土地に出会い、注文住宅の建築がスタート!
その最中に元夫の精神疾患が発覚し、次男誕生&引っ越しという怒涛のイベントを乗り切った翌年、元夫の病状は急激に悪化して休職。
その日から底なし沼のような、どこまでも深くて暗い闇の中を、彷徨う元夫。家事や育児の分担なんて到底できるはずもなく。
ワンオペどころの騒ぎじゃない!
今振り返ってみても、お先真っ暗!
当時は、待機児童が多すぎて子供を保育園に預けることもできず、
在宅でできることを模索するしかなかった。
そんな中、お金はなくても大好きなファッションは楽しみたい!
子供にも可愛い服を着せたい!という思いから
服のリメイク&創作活動を開始。
楽天ブログでの発信を始めたのも、この頃でした。
2007年 ハンドメイド作品の販売開始
初めて作ったリネンのワンピース。
私が着るにはサイズが大きすぎたので、ヤフオクに出品してみたらすぐに入札がつき、
落札金額は材料費の2倍以上!利益率は60%超!
驚きと笑いが止まらなかった記憶。
この先パートに出て働くよりも効率よく稼げるかも?と思い立ち、(直感を信じて動くのみ!)
趣味と実益を兼ねたハンドメイド品の制作と販売に熱中していきました。
この頃の作品は、
楽天ブログ『気ままにHandmade by Antique Rose』に掲載しています。
2009年 洋裁学校でパターン技術を習得
次男の幼稚園入園を待って、洋裁学校へ。
トミー洋裁学院の製図科(パターン科)で技術を習得。
2010年 オリジナル型紙の販売開始
パターンショップ雲母工房[きららこうぼう]を立ち上げ、
型紙販売を開始。
きっかけは、
『同じものを作りたいので型紙を売ってもらえませんか?』
というフォロワーさんからのリクエストでした。
仕様書を作成し、ヤフオク出品&落札で感触をつかんだ直後に
コレはいける!と見切り発車(おちゃのこネットと契約)したのも今となっては、いい思い出です。
読みどおり、収益化もできました。
購入してくださったお客様のクチコミや
ブログなどへの作品投稿をきっかけにして、
たくさんの方に雲母工房の型紙を手に取っていただくことができ、
また多くの作品制作にお役立ていただいて本当に感謝しています。
最近知ったのですが、Instagram #雲母工房で
作品を投稿してくださっている方が多数いらっしゃって、
とても感激しました。そして、すごく勇気をもらっています。
2013年 社会復帰
事業は順調だったけれど、月々の安定収入を得るため企業に就職。
雲母工房は受注を制限して副業として継続。
カートオープン期間中〜約1週間は、
帰宅後に家事を終わらせてから
夜な夜な受注対応や発送業務を行っていて、すごく大変だったけど今となってはいい思い出。
2015年 離婚準備と休業
発病から10年を経ても、元夫の病は良くなるどころかますます悪化。入院治療の甲斐もなく、昼夜問わず奇行は激化していきました。
すでに結婚生活は破綻し限界を感じていたことと、
子供への深刻な悪影響に我慢の限界を迎え離婚を決意。義両親を交えた話し合いの結果、別居が実現。
この頃、会社では正社員となり、残業が大幅に増えて、
様々な物事との両立が困難を極め、やむなく雲母工房のおしごとは一時休業することを決めました。
2017年 離婚成立
弁護士に相談しながら、協議を重ね、別居から約1年半後に調停離婚が成立。
持ち家は、私と息子2人で住み続けることに。
今まだ、元夫に財産分与を支払い中…。
以降は、会社員としての仕事に集中し、
人事部門を経て、現在はマーケティング部門でブランドPRの仕事をしています。
2021年 活動再開のための準備を開始
会社員生活では、人や仕事にも恵まれて
それなりに成果を上げてきたけれど、
成長企業なので、ハードワークはまだまだ続きそう。
役職にはまったく興味のない私。
会社員としてこの先まじめに働いたところで
大幅な昇給は期待できないそうにない。
気力も体力もある今のうちに、と
次のステージへ向けた準備をはじめたところです。
まずは、5年以内に悠々自適なサイドFIREを達成したい!
その先は、
大好きなことだけにエネルギーと情熱を注ぎ込み、
趣味と遊びと仕事の境界線なく
ワクワクが止まらない毎日を過ごしていきたいと思っています。
免許・資格
- 2010年3月 トミー洋裁学院 製図科課程 修了
- 2021年4月 日本化粧品検定1級 合格
- 2021年5月 コスメコンシェルジュ 取得
- 2024年10月 日本メンタルヘルス協会 プロコース卒業 心理カウンセラー
まとめ
もし今どこかで過去の私と同じように
悩んだり、落ち込んだり、暗闇から抜け出せずに苦しんでいる人がいるのなら、
そんな誰かの役に立ちたい…
そっと、背中を押すことができるなら…
そんなことを思いながら、このブログを書き始めました。
当時、離婚を決断するまでの日々は、
自分さえ我慢すれば、それで丸く収まるならと、
どこか諦めの気持ちで、思考停止していました。
出口が見えなくて、ただただ苦しくて、
抜け出したいのに、勇気がなくて抜け出せなくて、暗闇の中でもがいていました。
でも、勇気を出して、一歩踏み出したところから、
道がどんどん開けていったような気がしています。
私の場合は、
ハンドメイドという夢中になれるものに出会い、
稼ぐ力を身につけ鍛えることで、お金の心配は少しずつ消えていき、
子供の頃のようなワクワクを取り戻すこともできました。
すべては、
私自身が成長するために必要な意味のある試練だったんだな、と。
今となっては心から思えます。
人生の別れ道で、
ためらいながらも自分の意思でちゃんと選んで
確かな一歩が踏み出せるように。
何か少しでも参考になることがあれば嬉しく思います。
(2025年5月追記)


